感染症の薬(抗生物質など)
動物の体に寄生する細菌には、ある種の腸内細菌のように消化を助ける
有用な細菌もあれば、赤痢や肺炎などの病気をひきおこす有害な細菌もあります。
後者のような病原細菌による病気、つまり感染症の治療には抗生物質や
合成抗菌薬が有効です。
抗生物質とは本来、微生物がつくる天然の抗菌作用をもつ物質のことです。
現在ではその化学構造をまねて人工的につくられるようになっていますが、
それらも抗生物質とよばれています。
これに対して、最初から人工的につくられた抗菌作用をもつ薬を合成抗菌薬と
いいます。この2つを合わせて抗菌薬とよんでいます。
これらの抗菌薬は、体内に侵入して寄生した細菌を殺したり(殺菌作用)、
細菌がふえるのをおさえる(静菌作用)ことによって病気を治します。
代表的な細菌による感染症(伝染病)には次のようなものがあります。
★レプトスピラ症
尿といっしょに排出された細菌が、ほかのイヌに感染して病気になります。
おもに腎炎の症状がでます。
★ブルセラ病
妊娠中のメスのイヌが感染すると、死産や早産をおこします。
妊娠中でなければ不妊症になったりします。
オスの場合は精子が異常になり、子どもをつくれなくなることがあります。
これら以外にも、通常の診療ではさまざまな病気の治療に抗生物質が
使われています。
膀胱炎などの尿路感染症、肺炎、気管支炎、中毒性の下痢、二次感染の
おそれがある重度の外傷や皮膚炎などです。
また、手術後のイヌに抗生物質を投与し、細菌などによる感染を
予防することもあります。
細菌ではなくウイルスの感染による病気、たとえばジステンバーや
パラインフルエンザ、パルボウイルス性腸炎などの治療にも抗生物質が
用いられることがあります。
ほとんどの抗生物質はウイルスそのものに対しては効力がありませんが、
細菌による混合感染や二次感染を防ぐ目的で補助的に使われます。
抗生物質や合成抗菌薬には、1種類から数種類の細菌にしか効かないものも
あれば、幅広い種類の細菌に対して効力のある(この性質を「広域スペクトラム」
といいます)ものまでいろいろです。
多くの細菌感染症では治療をはじめる時点では原因となる細菌が何かがわからず、
したがってどんな抗生物質や合成抗菌薬が効くのかもわからないことが
よくあります。
そのため初期の治療では、広域スペクトラム抗生物質もしくは合成抗菌薬が
使われることが多いようです。
次に代表的な抗生物質と合成抗菌薬の種類と薬品名を紹介し、
最後に使用上の注意を述べます。
●抗生物質
→微生物がつくる抗菌薬
→人間に使用される薬(人体薬)の分野では抗生物質は非常に大きな市場を
つくっています。
多数の製薬会社からさまざまな種類の抗生物質がでており、それらがイヌの
治療薬としても使われています。
抗生物質は化学構造や用途の違いからいくつかの種類に分けられます。
▲ベータラクタム系薬
ベータラクタム系の抗生物質は、最近の細胞壁の合成をさまたげて、
細菌の増殖をおさえます。
作用が精菌的なので、安全性が高いのが特徴です。
セファロチン、ベンジルペニシリン(いわゆるペニシリン)
ホスホマイシン、アモキシシリンなど多数の薬があります。
これらの中にはアンピシリンのように、多くの種類の細菌に対して
幅広い効果をもつものもあります。
ベータラクタム系の抗生物質は現在もっとも多く使われています。
▲アミノ配糖体系薬
緑膿菌をふくめたグラム陰性菌やブドウと球菌にも強い殺菌作用を
もつ強力な抗生物質です。
これにはストレプトマイシン、カナマイシンなどがあります。
作用は強力ですが、他の抗生物質にくらべて毒性が強く、長期の使用には
適しません。
▲テトラサイクリン系薬
多くの種類の細菌に効果のある広域スペクトル抗生物質で、
かつ毒性が少ないことで知られています。
細菌、リケッチア、マイコプラズマ、そして一部のウイルスにも有効です。
オキシテトラサイクリンなどがあります。
▲マクロライド系薬
肺炎球菌やマイコプラズマなどに抗菌作用をもつため、
急性の呼吸器感染症の治療に使われます。
エリスロマイシン、ジョナマイシンなどがあります。
▲その他の薬
クロラムフェニコール(いわゆるクロマイ)、リンコマイシンなどがあります。
それぞれに特徴があり、症状や病気の種類によって使い分けます。
●合成抗菌薬
→人工的につくる抗菌薬
→細菌を殺したりその増殖をさまたげる抗菌作用があります。
微生物がつくる抗生物質に対して化学的に合成されたものをこういいます。
▲ニューキノロン系薬
10年ほど前に開発された新しいタイプの合成抗菌薬です。
幅広い種類の細菌に対してすぐれた抗菌力をもつため、
最近よく使われるようになっています。
これにはエンロフロキサシン、オフロキサシンなどがあります。
▲サルファ剤
古くからある合成抗菌薬です。
多くの細胞に効果があり(広域スペクトラム)、しかも動物に多く
寄生がみられる原虫(コクシジウム、バベジア、トキソプラズマなど)にも
効くことから動物用医薬品として広く使われています。
スルフジメトキシン、スルファモノメトキシンなどがあります。
☆使用のときの注意
抗生物質は細菌にだけに効いて、動物の体には副作用がないように
考えられて開発されています。しかし、実際にそううまくはいきません。
たとえば、ペニシリンが効かないグラム陰性菌に対して有効なストレプト
マイシンは、聴覚や腎臓に障害をおこします。
同じくクロラムフェニコールも、造血機能に障害をおよぼします。
また、人間以外の動物ではあまりみられませんが、ペニシリンが過敏性の
ショック症状をおこすことがあり、これは生命にかかわります。
あるいは、抗生物質を口から投与したとき、腸内細菌叢のバランスが
くずれて下痢などがこることもあります。
細菌による感染症でやっかいなのは、抗生物質が効かない新しい細菌(耐性菌)
が出現していることです。
最近、どんな抗生物質も効果をもたない「メチシリン耐性黄色ブドウ
球菌(MRSA)」が、病院内感染をひきおこして社会問題になりました。
お年寄りや未熟児などが感染して大きな被害を出しています。
これは、これまで抗生物質をむやみに使ってきたために、細菌が抗生物質に
対する耐性をもったことによる悲劇です。
動物の世界でもMRSAの感染が報告されています。
抗生物質の使用には慎重さが必要です。