ネコのワクチン
動物は、普段の生活で細菌やウイルスに感染する機会がたびたびあります。このうち細菌は抗生物質や合成抗菌薬で殺すことが出来ますが、ウイルスに対しては、現在のところよく効く治療薬はほとんどありません。
そこで、ウイルスの感染に対しては普通、動物が健康な時にワクチンを接種し、あらかじめウイルスに対抗するための「免疫力」をつけます。
動物の免疫には、私たちの脳の記憶に似た仕組みが備わっています。これは、動物がある種の細菌やウイルスに初めて感染してこれを体の外に追い出そうとする免疫反応が起こった時、免疫反応システムがその細菌やウイルスを「抗原」として記憶するというものです。
これによって、同じ細菌やウイルスに2度目に感染した時には、免疫は初めのいくつかの段階を飛び越えて素早く反応し、より効果的に対処できます。このような免疫の仕組みを「獲得免疫系」といいます。
ワクチンはこの仕組みを利用して、ウイルスからの感染から身を守る方法です。
現在、ワクチンで予防できるネコの感染症には以下のものがあります。
●ネコ汎白血球減少症
パルボウイルスが感染して起こる病気です。
ネコは突然、高熱を出して下痢と脱水の症状を示します。
また、ネコの血液中の白血球の数は急激に減っていきます。
これは極めて死亡率の高い伝染病で、病気のネコの鼻水や唾液、
嘔吐物などから直接的に感染します。
この病気に対しては、ワクチンの効果が大変高いことが分かっています。
●ウイルス性鼻気管炎
ネコヘルペスウイルスi型によって鼻腔や気管が炎症を起こす病気です。
主な症状は激しいくしゃみ、目ヤニや鼻汁、潰瘍性の角膜炎です。
慢性になると、二次的に細菌が感染します。
ワクチンを接種すれば病気は重くなりませんが、感染そのものは予防出来ません。
●カリシウイルス感染症
目ヤニや鼻汁などを伴う鼻腔や気管の病気で、カリシウイルスの感染が
原因です。このウイルスに感染すると、舌や口の中に潰瘍、重い肺炎、
腸炎、関節炎などの症状が現れることもあります。ウイルス性鼻気管炎と同様、
ワクチンは病気が重くなるのを防ぐものの、感染は予防出来ません。
●白血病ウイルス感染症
このウイルスに感染すると、血液のガンである白血病を起こします。
それだけではなく、骨髄の働きが衰えたり、腎炎(腎臓の働きの低下)になったり、
免疫が十分に働かなくなって他の感染症にかかりやすくなります。
このウイルスは、病氣に感染しているネコに接触することで感染します。
急性の症状が現れると、4日以内で半数が死亡します。
また病気が慢性の経過をたどっても、3年以内に80%が死亡するという
恐ろしい感染症です。最近、この病気のワクチンが開発されました。
●ネコエイズ(免疫不全ウイルス感染症)
このウイルスに感染すると、まもなく軽い発熱などがありますが、
すぐに症状はおさまります。
しかし数年後になると、ネコの免疫が次第に低下していき、健康なら
症状が現れないようなウイルスや細菌にも感染して病気になってしまいます。
こうしてネコの体は次第に弱っていき、ついには死亡します。
このウイルスに対しては、今のところ有効なワクチンはありません。
※現在使われているワクチンには、「生ワクチン」と「不活化ワクチン」
があります。
生ワクチンは、生きている細菌やウイルスを薬で弱らせたものです。
生ワクチンはネコの自然な免疫の働きを利用するため、予防の効果が高く、
効果が長い間続くという特徴があります。
一方、不活化ワクチンは、細菌やウイルスをホルマリンなどで殺した
(不活化)ものです。
不活化ワクチンは死んでいるので、それ自体にはネコに感染する力はありません。
しかし免疫反応を引き起こす力は残っているので、感染を予防できるのです。
ただし不活化ワクチンは、生ワクチンに比べると、予防効果が続く期間が短い
という欠点があります。
最近では、新しいタイプのワクチンも作られています。
ひとつは、ウイルスの体をつくっているタンパク質のうち、ネコの免疫反応を
引き起こす成分(抗原)だけを取り出してワクチンにするものです。
これを「成分ワクチン」といいます。
またいま、ウイルスの遺伝子から抗原の遺伝子だけを取り出して、
感染力のない別のウイルスの遺伝子に組み込んでつくるワクチンも開発中です。
これは「新生ワクチン」と呼ばれます。
ひとつのワクチンは1種類の細菌やウイルスに対して予防の効果を持ちます。
ネコには1種類のワクチンだけを選んで与えることも出来ますが、普通は数種類の
ワクチンを混合したものを与えます。
例えば、パルボウイルス、ヘルペスウイルス、カリシウイルスに対して
効果のあるワクチンを混ぜ合わせた3種類混合ワクチンなどです。
ワクチンの種類は、ネコの年齢や生活環境、またその感染症が周辺の地域で
どの程度発生しているかなどを考えて選びます。
ワクチンを接種すれば、ネコは致死率の高い感染症にかかりにくくなり、
たとえ感染しても、病気が重くならなくて済みます。
なお、これらのネコの病気は、人間やイヌには感染しません。
☆使用のときの注意
生まれたばかりの子ネコは、自分自身の免疫がまだ十分に働いておらず、
また体力もありません。
そのため、もしウイルスが子ネコに感染すると、すぐに命が危険にさらされます。
しかし子ネコは母親から様々な抗体(ウイルスなどの侵入物に対抗する物質)を
受け継いでいます。
子ネコが母ネコのお腹の中にいるときには、母ネコの胎盤から抗体が子ネコの
体に入り、また生まれた後には、母ネコの乳を飲むと、その中に沢山入ってい
る抗体をもらうことが出来ます。こうして子ネコは、ウイルスなどの感染から
身を守ることが出来ます。
子ネコの体内に母ネコの抗体が残っている時は、ワクチンを接種しても、
抗体によってワクチンが排除(中和)されてしまいます。
そのため、この時期にはワクチンを接種しても効果はありません。
そこで、子ネコには、母ネコの抗体がなくなった直後にワクチンを接種する
のが理想的です。しかし抗体がなくなる時期は個々のネコによって異なります。
そこで普通は生まれてから6~8周目に1回目の接種を行い、その後2~3週間
おきに数回接種するという方法をとります。ワクチンの種類によっては、
その後も毎年1回接種する必要があります。
飼い主の中には、ネコが幼い時にはきちんとワクチンを接種していても、大き
くなるとうっかり忘れてしまうという例がよくあります。しかし、特に老齢に
なって体力が弱ったネコは、ウイルスに感染すると死亡することも少なくあり
ません。ワクチンは定期的に接種しましょう。
ワクチンは厳重な品質管理のもとで作られており、有効性はもちろん、安全性
も配慮されています。しかし例えば生ワクチンは、毒性が弱いとはいえ生きて
おり、ネコに感染する力を持っています。そのため、ネコの健康状態が悪い時
にはまれにそのウイルスに感染することもあります。
またワクチンには添加成分も含まれているので、極めてまれではあるものの、
ネコがそれらに反応してアレルギーを起こすこともあります。この時には急激
に血圧が低下し、吐いたり痙攣を起こし、ショック症状に陥ります。
このような症状が現れたときには、一刻も早く応急処置を行わないと、ネコは
死亡する可能性があります。
ワクチンを接種した後は、しばらくネコの状態をよく観察する事が大切です。